原作のクエストを元にした長編小説投稿前に、そこで登場する原作キャラのオリジナル話を考える回。前回のフランシスや主人公と同じく二人組です。
彼らの名前表記は最後まで「なし」。ヒントは本日のサムネ(分かるか!)。
てか、原作では描写されなかったシーンをイメージするのっていいね。前回のAIが大半を考えた小説みたいな短編にするつもりが、いつの間にか9,000文字を超えた長編になってしまったわい。自分で書いたからねー
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません(シリーズのお約束)
※本作は自分の原稿を元に、生成AIに修正・加筆をしてもらい、最終的に自分が再び編集して仕上げた二次小説です。
※一部要素には原作によって明言、明記されていない「二次設定」が含まれています。ただし公式や原作を貶す意図は一切ありませんので、気軽に楽しんでください。
市長と商人の商談
市長の館の応接室は、豪奢な調度品で埋め尽くされていた。磨き上げられた床には赤い絨毯が敷かれ、壁には名画や装飾品が飾られている。流石は、飛行城の出現で前以上に街が栄えたベルデンを治める男爵様……と、いったところである。
市長は来客用の椅子へ腰を下ろすと、商人への案内役をした護衛に対して、
「案内ご苦労だったな、ロック。もう下がって良いぞ」
「はい」
護衛が一礼して部屋を後にすると、金髪の青年商人は静かにその背中を見送る。
(あの市長の護衛の体格……ピスランド出身のようだな)
一目見ただけで相手の出自を推測するほど、彼の観察眼は並ではない。
その青年は金髪のショートヘアに黒いコートを羽織り、その端正な顔立ちは街を歩けば女性が振り返るほど整っていた。
しかし本人はそれを気にも留めず、商談だけに意識を向けている。
「ではでは早速、望みの品を拝見させて頂きたく……」
「はい。こちらでございます」
商人は隣に控えていた白髪の初老の使用人へ軽く指示を出す。
それを合図に使用人は静かに頷き前へ出ると、布が掛けられた額縁の前へ立ち、丁寧な手つきで布を取り払った。
現れたのは、世界的な名声を誇る画家が描いた“飛行城の絵画”。
巨大な飛行城が空を悠然と漂う姿は圧巻であり、絵の隅には画家本人の署名も記されている。贋作ではない。間違いなく本物の作品だ。
それを目にした瞬間、市長は思わず椅子から身を乗り出した。
「おおっ!何と美麗な絵画……!」
目を輝かせ、食い入るように見つめる。そんな絵画好きとして知られる彼は、自ら美術館を建てるほどの収集家でもある。
もしこの作品を購入し、美術館の目玉として展示できれば、
『あの有名画家が描いた飛行城の絵がベルデンにあるぞ!』
と、噂が瞬く間に広まり、芸術家や貴族、観光客がこぞってこの街を訪れるだろう。絵画を鑑賞した者は土産物店へ立ち寄り、宿へ泊まり、飲食店で食事をする。
特に芸術を愛する貴族であれば、一週間どころか何週間も滞在することもあるかもしれない。
たった一枚の絵画が、街全体へ莫大な利益をもたらす──
そんな未来図が、市長の脳裏に鮮明に浮かんでいた。
そこで商人は絵画へと目を向けている市長に対して、穏やかに語り始める。
「貴方様と同様に、私もベルデンの飛行城には非常に興味がありましてね。先日オークションで購入した品でした。800万ペラで」
「は、800万ー!?」
裕福な貴族でしか手が出せない有名な画家が描いた絵画の値段に、思わず声を裏返らせる市長だったが、商人は表情一つ変えずに続けて、
「はい、こちらの絵画は最近描かれた貴重な美品となっております。もし即決したいのでしたら、金額を増加しまして……」
と、一呼吸置いて、微笑みながら、
「1000万ペラで買い取っていただけるのでしたら、取引しても構いません」
「ムムム……」
応接室に沈黙が流れた。市長は腕を組み、深く考え込む。
(普段なら即決するところだが……今回ばかりは、迷うなあ)
彼曰く、最近のベルデンは観光都市として大きく発展していることは分かっている。しかしその一方で、観光客のために土産物の大量生産や高級宿の建設などに莫大な資金を投じたばかりだったのだ。
(いや、待てよ……?“アレ”があるじゃないか)
市長は、ふと、一つの妙案が頭をよぎる。
「ほほほ。でしたら10回分の……“分割払い”を付けてくれませんかな?」
これに商人は少しだけ口元を緩めた。
「2回目以降は利子がありますが、宜しいのでしょうか?」
「ははは、それはお構いなく。この絵さえ展示できれば、観光客は今まで以上に金を落としてくれるでしょう。もし街がさらに繁盛すれば、10万、20万ペラと、上乗せしてお支払いしても構いませんぞ!」
こうして契約を終えた二人は館の外へ出る。昼の日差しが石畳を照らし、街には観光客の賑わいが広がっていた。
市長は満足そうに腹をさすりながら笑う。
「ほほ。人生で初めて、最高の買い物をした気分でしたぞ」
「お褒めいただき光栄です、ニンゲツ男爵様」
「うーむ。しかし最近は、観光客だけでなく物騒なゴロツキや盗賊も現れていると聞いておりますからな。これほどの金貨をお持ちでしょう。最高級の宿まで我々の兵士が護衛しますぞ」
商人は軽く頭を下げた。
「……お気遣い感謝いたします。ですが、既に私の別荘行きの馬車を手配しておりますので」
「ほう、なるほど。別荘とは……え、別荘?」
「滞在費も既に支払っております。ご確認ください。それでは失礼します」
商人は市長にそう伝えると、使用人と共に礼をして、館を出ていってしまった。
そんな二人の後ろ姿を見送りながら、門番たちは小声で囁く。
「別荘があるなんて、う、羨ましい……」
「あの方も、相当名の知れた貿易商人なんじゃ……」
市長も腕を組みながら首を傾げた。
「あまり聞いたことのない名前だったが……まあ良いわ!飛行城の絵画さえ手に入れば、それで十分だ!はっはっは!」
と、如何にも中年貴族らしく豪快な笑い声が、館の前へ響き渡った。
広場でのトラブル
ベルデンの広場は今日も観光客で賑わっていた。
飛行城を一目見ようと訪れた旅人や貴族、露店で客を呼び込む商人たちの声が絶え間なく響き、役所の前には道案内や落とし物の相談をする人々が列を作っている。
その前では、一組の老夫婦が役人へ何やら必死に事情を説明していた。
「うぅ……ワシともあろう者が、あの財布ごと無くしてしまうとは……」
老人は肩を落とし、深いため息をつく。その隣では妻が心配そうに夫の腕を優しくさすっていた。
「この広場では人が多い分、窃盗被害も多いですからね。お金が帰ってくる可能性も、無いものだと思って下さい」
と、どうにもならない状況に、役人も申し訳なさそうに頭を下げるしかなかった。
そのやり取りを、少し離れた場所から商人と使用人が眺めていた。
「あの老夫婦の見た目。俺たちと同じ、中産階級の出か……」
商人は二人の服装や装飾品へ目を向ける。派手ではないが質の良い衣服。旅慣れた革靴。決して裕福ではないが、生活に困っているようにも見えない。
「どうやら財布を盗られたようですな。老人は特に狙われやすいようで」
「お前も警戒しておけよ」
「勿論ですとも」
使用人は周囲へ視線を巡らせながら答えたが、これに商人は小言を述べる。
「ああ、折角愛しき妻との結婚記念日で、ベルデンに訪れたというに、早速台無しになるとは……」
「まあまあ。私の財布がありますから、これで美味しいものでも食べて落ち着きましょう」
「そ、そうじゃな。まあ、もし犯人が捕まったとて、騒ぎは起こしたくないからなあ」
「ええ。元々私たちは、お金に困っていませんもの。出来れば穏便に済ませましょう」
財布が無くしても尚、互いを思いやる老夫婦の姿があった。
これに商人は一瞬だけ目を細めた。
「……でも、いい夫婦だな」
「ええ。出来れば犯人も見つかれば良いのですが」
そう言葉を交わすと、二人は馬車乗り場へ向かって歩き出す。
馬車乗り場には既に何組もの観光客が列を作っていた。飛行城見物を終えた者や、高級宿へ向かう者など、様々な人々が馬車の到着を待っている。
商人は受付へ近付き、予約していた名前を伝えると、受付係は頭を下げる。
「申し訳ございません。到着までに15分ほど掛かるようです」
「分かりました」
商人は苦笑しながら、ため息をつき、使用人の元へと振り返った。
「まさかここまで人気とはね」
「前日に予約を入れておくべきでしたな」
「しかし、人々にとって不可思議な飛行城には、非常に興味が唆るのだろう」
飛行城の噂は今や世界中へ広まりつつある。その影響もあってか、ベルデンを訪れる観光客は日に日に増えていた。これには馬車も引っ張りだこである。
「早いところ、売上金を別荘に持っていこう。盗まれたら大変だ」
「はい」
使用人がそう返事をした、その時──
「イタッ!」
と、小柄な青髪の少女が勢いよく使用人へぶつかり、そのまま石畳へ転んでしまう。さらに彼女の抱えていた荷物が辺りへ散らばり、小さな袋や木箱が転がっていく。
「これは、これは、大丈夫ですかな?」
使用人はすぐにしゃがみ込み、彼女が落した荷物を丁寧に拾い集め始めた。
「うん、平気……。ありがとう、おじいさん」
少女は照れたように笑う。使用人は最後の荷物を手渡そうと手を伸ばしたが──
「スキあり!」
その瞬間、少女の細い指先が素早く使用人の財布を抜き取り、そのまま駆け出す。
鮮やかな手際だった。一瞬の隙を突いたその動きは、明らかに“場数を踏んだ盗賊”そのものだったのだ。
「待て」
しかし低く落ち着いた声が響き、その声に少女が振り返るよりも早く、商人の右手がその手首を掴んでいた。いつ近付いたのかさえ分からず、彼女は「ヒエッ!?」と、悲鳴を上げて逃げようとしても、びくともしなかった。
「いたたた!何するんだよー!」
「人の財布を盗っておいて、その言い分はないんじゃないかな?」
商人は少女を静かに見下ろす。声色は穏やかだったが、その瞳は少しも笑っていない。怒鳴ることも責め立てることもない。
逃げようにも、手首を掴む力は決して緩まず、少女は思わず息を呑んだ。
「あのー、どうかなさいましたか?」
少女の悲鳴を聞きつけたのか、馬車乗り場の見張りが慌てて駆け寄ってきた。
これに商人は少女へ顔を近付け、小声で囁く。
「ここで騒いでもいい。だが、その時には『この子が窃盗をしていた』と宣言する」
「ええっ、頼むよ、それだけは……」
この言葉に、少女の顔から一気に血の気が引く。
「なら、大人しくしておくんだな」
商人はゆっくりと手を離した。少女もそれ以上暴れることはせず、その場で大人しく立つことに。
「いえ、彼女が持ち物を落としていたのを手伝っていたまでです」
商人は何事もなかったように見張りに対して、冷静に伝えた。
「そうですか。失礼しました」
見張りは安心したように一礼し、その場を離れていく。また周囲にいた観光客も騒ぎではないと分かると、再びそれぞれの目的地へ足を向け始めた。
商人は小さく息を吐くと、使用人へ視線を向ける。
「……馬車が来るまでの時間は?」
使用人は懐中時計を取り出し、蓋を開いて時刻を確認すると、
「あと10分ほどです」
「そうか」
商人は再び少女へ目を向ける。少女は嫌な予感しかせずに、小さく身を震わせていた。
人通りの多い広場から少し離れた路地裏は、先ほどまでの賑わいが嘘のように静まり返っていた。石造りの建物が左右に並び、昼間だというのに日陰が多く、人目もほとんどない。
商人は周囲を一度見回す。
「悪いがこっちにも時間があるのでね。手短に済ませようか」
少女は肩を震わせながら、一歩後ずさる。
(あー、今まで老人相手のスリを失敗したことなんて一度もなかったのに、まさかこんな……こんなにもイケメンな人を──)
恐る恐る青年の顔を見上げながら、こう思う。
整った顔立ちで、女からモテていてもおかしくはない声と髪型と、細身で高身長な男。その姿だけ見れば、とても私のような盗賊を取り押さえるような人物には見えない。
(おじいさんは護衛として連れていたなんて……)
そんな勘違いをしながら、少女は状況を整理しようと頭を働かせる。いや、この青年こそ、最も警戒すべき相手だったのだが。
商人は少女を見つめたまま、腕を組む。
「だが、どうしたものか。このままこの子を見逃しても、また他の人が被害を受けるのは願い下げだし」
「……では、私だけがこの子を、役所に連れて行きましょうか?」
使用人は一歩前へ出ると、少女は、
「や、やめてくれよ!もうやらないし!それに、今ある金、ぜんぶ渡すから、これで許してよ!」
慌てて腰の袋を取り出し、商人へと差し出した。袋は見た目以上にずっしりと重く見える。
商人はそれを受け取り中身を確認すると、金貨数枚と銀貨数十枚が、ぎっしり詰まっていたのだ。
「これは……!ざっと、1万ペラもあるかなと……」
使用人は驚きつつ、商人に耳打ちをする。そう、少女一人が持ち歩くには、あまりにも不自然な大金だったからだ。
これに商人は即座に袋を閉じると、少女へ静かに問い詰める。
「君みたいな子が持つには、有り得ない額だ。これも盗んだ金なのかい?」
「え、えっと」
「もし嘘を付いていたのなら、君を役所に……」
「か、金をさ、いっぱい持っていた老夫婦の男から盗んだんだ!でもよ、財布は、なんかボロボロで、どうせ売り物にならないから、広場のどこかに捨てたよ!」
少女は言葉が滞りながらも、結局は観念したのか、彼らに正直に理由を早口で話したのだ。
これに商人は、先ほど役所で落胆していた老夫婦の顔が脳裏に浮かぶ。つまりあの老人から金を盗ったのは、この少女で間違いなかった、と。
「……成程、理解した」
商人は顎へ手を当て、小さく頷き、盗んだ金の入った袋を軽く持ち上げる。
「どうせ君は返さないだろうし、この金は役人に話を付けてこっちで返しておこう」
「ホッ……」
少女は胸を撫で下ろし、安堵する。どうやら見逃してもらえたと……
だが、
「しかし未遂とはいえ、俺の使用人の財布に手を出すとは、君はいいセンスを持っているようだ」
「えっ!?あ、あ、アンタがご主人様!? 」
これに少女は目を見開く。この老人が商人ではなく、目の前の青年こそ商人本人だったことに。
「普通、おっさんか、おじいちゃんかと思うじゃん!ここの市長だって……」
「ああ、年配が多いのは事実だ」
少女の驚いた反応が可笑しかったのか、商人はそこでようやく微笑を浮かべる。
「俺は商人であり、趣味で手品師をやっている。だからその馴れた手つきで、盗むことなど容易いのも分かる。その財布はくれてやろう」
さらにまだ使用人の財布を返していなかったのが、お見通しだったのか、逆にその財布を渡すと宣言するしたのだ。
これに少女は彼らに再度確認し、
「本当に良いの!?」
「旦那様!」
逆に使用人は思わず声を上げるが、商人は平然と少女を見つめていた。
少女は財布をぎゅっと抱き締めると、満面の笑みを浮かべながら、
「あは〜!じゃあ、ありがたく貰っておくよ!バイバイ!お兄さん!おじいさん!」
そう言い残すと、路地を風のように駆け抜け、あっという間に姿を消してしまった。
使用人は小さくため息をつく。
「……もう少し加減無しで制裁を与えたら宜しかったでしょうに」
「お前に全部任せると子供相手でも容赦しないからな……」
商人は苦笑しながら続けて、
「とはいえ、少女相手に警戒せずに財布を盗られたものどうかとは思うが」
「……バレてしまいましたか。ですが、あの老夫の財布を奪った盗賊が現れるかもと思いましてな。それで、わざと……」
どうやら自分の財布を少女に渡したことをそこまで気にしておらず、むしろ逆にわざと盗られたふりをしているだけだったのだ。
これを最初から理解していたのか商人は、小さく笑う。やはりそうだったか、と。
「どうやら気になっていたのは、俺だけじゃなくて良かった」
と、彼の人助けと盗賊を誘う罠を行っていたことに関心する。
「ところで、何時から、私の財布事情を知っておられましたか?」
使用人は話を変える。
「昔からお前は財布に金を入れない主義だったからな。むしろ安物しか使わないと」
「はい。それに、私のあの財布とその中身の価値は、“1ペラにも満たない”のですから」
少女が持ち去った財布は、商人や使用人からして見れば、惜しくも何ともない代物だった。むしろ囮として十分役目を果たしたと言える。
「しかし、この金の持ち主は真逆かもしれんぞ」
「……?」
この言葉に使用人が首を傾げるが、商人の表情は晴れない。袋の中の金貨を見つめながら、静かに呟く。
「普通ならこれを役所へ届けて終わりだが、あの財布には、もしかすると、“思い出の品”があるはずだと……」
商人は袋を懐へしまう。“結婚記念日”だと語っていた老夫婦の姿が頭をよぎったからだ。
「まだ時間はある。捨てられた財布を探そうか」
「……承知いたしました」
二人は路地裏を後にし、再び人で賑わう広場へと戻っていった。
別荘にて、一息
夕暮れ前。別荘へ戻った二人は事務室へ入り、大きな金庫の前へ立つ。
「番号は──だ」
こうして金庫がある事務室に着くと、使用人は商人に教えられた番号通りダイヤルを回し、慣れた手つきで鍵を解錠する。
「しかし5分遅れとはな。でも、大金の全てを守れただけ何よりだ」
重い扉が静かに開いた。さらに商人はコートの袖や裾を揺らすと、カラン、カランと、音が鳴り、デスクの上に金貨が沢山落ちてくる。
続いて胸元、内ポケット、裾の裏地。まるで手品師が舞台で披露する演目のように、次々と金貨が姿を現し、気付けば机の上には大量の金貨が積み重なっていた。
いつもの事なのか使用人も特に驚く様子はなく、それらを袋へまとめていく。
鍵付きの箱へ保管する方法もある。しかし、それごと盗まれてしまえば意味がない。だからこそ商人は、普段から金貨を衣服の至る所へ分散して持ち歩いていたのだ。
──例え1枚の金貨を盗まれても、全ては失わない。
長年商売を続けてきた彼なりの知恵だった。
こうして売上金を金庫へしまい終えると、新しい番号へと変更する。これで不用意に盗まれる心配もないだろう。
「そろそろ日が暮れます。次の予定はいかが致しましょうか?」
「ああ、今日はもう休む。明日から、“あの調査”を数日で終わらせておきたい」
「かしこまりました。直ぐに夕食の調理を……」
「いや、ここは外食にしよう」
「え……?」
使用人は意外そうな顔をしながら、目を見開く。
「幼少期に家族で観光して以来のベルデンだ。ある程度、今ある街の雰囲気と料理、ここで味わっておくべきじゃないか?」
使用人は再びを目を閉じると、微笑を浮かべた。
「……そうですな。折角貴方様と二人で訪れたのですから、残りの一日はこれで」
「今日限りのデートだ。って言っておこう」
「お好きなように」
商人は財布……ではなく、衣服へ忍ばせていた所持金を取り出す。
──“銀貨3枚”。二人でいい食事をするには、十分な額だった。
「まだ腹は空いていない。その前に、お前の行きたい所を教えてくれ」
「早速ではございますが、新しい財布が欲しいのです」
「え?何故だ?」
「数時間前、貴方様があの少女へ勝手に手渡したではありませんか?責任は取って貰いませんと」
「!ふむ……そうだったな」
使用人はそんな若主人の反応に笑みを浮かべながら、静かに部屋を後にした。そして彼も頭を掻きながら、その後を追い掛けるのだった。
夕暮れの時のベルデン
しばらくして、ベルデンの街にある雑貨屋にて。夕暮れが近付いても尚、通りには買い物帰りの観光客や住民たちが行き交っていた。
店先には革細工や旅用品が並び、店内からは店主と客の賑やかな声が聞こえてくる。
「また安物か。もっと良い財布があるだろうに」
「ですが新品ですし、作りはしっかりしていますぞ」
使用人は手に取った革財布を確かめるように開閉し、気に入ったのか、そのまま会計へ向かう。
商人は使用人を待っている間、何気なく向かいの役所へ目を向けた。
「? あれは……?」
役所の窓口には、昼間に見掛けた老夫婦が立っていた。
老人は落ち着かない様子で何度も窓口を覗き込み、その隣で妻は「大丈夫ですよ」とでも言うように静かに寄り添っている。
「あ、昼過ぎに財布を落とした方でしたか。少々お待ちを……」
役人は棚を探し始める。
「アナタ、もう諦めましょう」
「いや、ワシは届けられていると信じている!もしここで無かったら……」
老人は不安そうに拳を握り締める。それを見た妻は優しく、そっとその手へ自分の手を重ねた。
すると役人は笑顔で、
「いやー、あなた方は実に運が良いですよ〜 中身も入ったまま、財布が届けられていたのですから~」
「!? ほ、本当ですかな!?」
役人から財布を受け取ると、老人は震える手で中を開く。
「あー、本当だ。1万ペラが、ピッタリ入っている」
「無事で良かったですわね、アナタ」
妻も胸を撫で下ろし、心から安堵したように微笑む。老人は財布を何度も撫でながら、役人へ尋ねた。
「その、私の財布を届けた方はご存知ですかな?」
「あー、いえ。ワタシが休憩して、ここに居ない間、既に落し物箱に入っている状態でしたから。誰かは存じ上げませんね」
「そうか。もし知っていたら、8割ほどはお礼しただろうに」
「それはどうしてですの? ……あら、もしかして、その財布は」
「ああ、私たちの結婚記念10周年で、お前がプレゼントしてくれた品だ」
老人は少し照れ臭そうに笑う。
「そこまで覚えていたのね」
さらに妻も嬉しそうに目を細めた。
老人は傷だらけの革財布を優しく両手で包み込む。その財布の角は擦り切れ、色もすっかり褪せていたが、それでも長年使い続けてきた温もりが、そこには残っている。
「生地もしっかりしているしまだ使えるが、見た目はボロボロだ。だが、思い入れのあるこの財布だけは、結婚記念日の旅行で使おうと毎年決めていた。だから戻ってきて嬉しかったのだ」
「あら、何時までも大切に持ってくれて嬉しいわ。ありがとう」
妻は少し照れながら微笑むと、老人の腕を軽く叩いた。
「でも、その財布は家に置いててください。これからは新しい財布を買ってあげます」
「え?」
「こんなにも剥げた財布では、品性も運気も逃げるようなものですわ。あの店で使える良い財布を探しましょう。今度は“一生持てる財布”を、ね」
老人は少し驚いた後、照れ隠しのように笑いながら「……はは、そうだな」と、妻に言い返すと手を取り合い、仲良く雑貨屋へ歩いていくのだった。
「……ふっ」
この光景に商人は小さく笑みを浮かべる。
「ハルツグ様?」
「お前も見ていたのか、マキムラ。やはり、財布も探した甲斐があったようだな」
「はい」
役所から笑顔で出てくる老夫婦を、商人である“ハルツグ”は見送りながら、彼の使用人である“マキムラ”も笑顔で頷く。
金とは価値を交換するための手段であり、経済の基盤。誰かのために働き、誰かのために品を売り、対価として受け取るものだ。
だからこそ商人としては、盗みや詐欺で不当に得た金を見過ごすことは、決して出来るはずもあるまい。
ましては今回、失われかけていたのは金だけではない。長年連れ添った夫婦の思い出まで、無くなろうとしていたのだから。
夜風が街を吹き抜ける中、二人はすっかり夜へと移り変わったベルデンの街を歩き出す。
彼らの後ろの先には、月明かりに照らされた飛行城が、流れる雲の合間から静かにその姿を、薄っすらと覗かせていた──

